年末年始総決算その三 オータナティブ

ナショナルで、ロイド・ニューソン演出、DV8の『ジャスト・フォー・ショウ』を見る。ルックス命、うわべがすべてのショービズの世界のパロディ。多分に意識してのことだろうが、ミイラ取りがミイラになって、極度にビジュアル重視の舞台。だが鏡の中に身体が溶け込むテクニックなど、身体と映像を融合させる視点と手法は、やはり斬新。

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ノッティンガムまで繰り出す。まず「城跡」を見る。美術館は、現代美術あり、ファブリックあり、いきなり古典ありと、
かなりごたまぜ。歴史資料は、それなりに面白かった。ノッティンガムのあれこれの歴史は、昔はあったが今はなく、その不在を確認しに訪れる「城跡」に象徴されている。

お目当てのタラアーツの『ベニスの商人』を見るために、タクシーを飛ばしてレイクサイド・アーツ・センターへ。本当に湖のそばにある新しい建物。が、レセプションに行ったら、なんと女優が怪我をして、キャンセル、、、。お詫びにもらったチケットは、オーストラリアのアカペラコーラス隊だが、コンサートの定義を意図的に崩して、くしゃみなどコンサートでは一般的には忌避される仕草などを取り入れたもの。面白かったけれど、体が冷え切っていたので幕間で帰って、テレビ見て寝る。人生にはこういうこともあるのです。

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オーストリア人のカップルのパーティへ行く。旦那さんはとても背が高く、身長2メートルを軽く超えている。こうなると私とは世界観はもちろん、身体感覚がかなり異なってくるのだろう。

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ロンドンブリッジで、シャントの『アマト・サルトーネ』を見る。受付をし、シャント・ヴォールトの長い長い暗闇の中を辿っていく。前回の公演では、この通路を利用していたけど、今回は別のスペースを開拓している。受付でもらった鍵を使って、人ごみの中、ロッカールームを開くと、名前の書いてある紙が。これが最後まで意味不明。なくてもいい仕掛けかもしれない。それから、妊婦風エンターテイナーが歌い続ける中、空港とかホテルによくあるような、モダンなオープンフロアでしばらく待つ。やがてシャッターが開き、まさに映画『裏窓』風に、ロンドン界隈の裏窓を盗み見るようなスタイルで芝居がスタート。女が、別の女を殴っている。そんな修羅場を背景に、パンツ一丁の男たち三人は悠然とタバコをすっている。

ピアノの上の電話がなり、客の一人が答え、何人かをピックアップし、別の部屋へ男女別に案内される。いかにも、ワーキングラス風の小汚いキッチン。スレイマン・アルバッサームの芝居にも出ていて(『アル・ハムレット・サミット』アラビア語版では、武器商人を好演)、シャントの主要メンバーである役者のナイジェルが、パーティハット被って「パーティ!」と騒いでいる。彼はキレ気味の役がすこぶるうまい。前のシャント公演の時は、ダサめのシャツとカーディンガンを着て、いかにも不器用かつ不気味なイギリス人というクリシェを体現し切っていました。上の階から物音。妻らしき女が入ってきて、いやな空気が流れ、客はすごすごと次の間の映画館内部へ。港町の男と女を描く白黒サイレントシネマが続く。やがて「シネマ」が幕となり、客がドアに向かって歩きだすと、、、。

視覚/死角の交錯。観客席という前提のずらし。もっと仕掛けを作り込むのといいのに、などと思う箇所も多々あるけれど、シャントならではの空間を使ったオータナティヴ・パフォーマンスは、今後も見逃せない。

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オーヴァルハウスにて、ドラマターグについてのシンポ「Dramatrix05」に参加。英国のドラマターグは、ドイツとはまた違って、劇作家のインフォーマー、アドヴァイザー的に動くことが多いということが分かった。シンポの中身自体は今ひとつだったが、劇団関係者といろいろ話して、ネットワークが広がったのが、何よりの収穫。

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1931年に建てられ、今は閉鎖されている公共プールで行われたサイトスペシフィック・パフォーマンス『ディープエンド』を見るために、マーシャルストリートへ。今は使われていない、けれども開館当時はモダンガールで溢れていただろう、セピア色の朽ちた公共施設への小旅行。

すれ違い、覗き見るのは、じっとこちらを見つめる水着姿の女たち。ざぶざぶ掃除をする女達。すうすう昼寝をする女達。振り返ると、服だけ残っていて、生身の身体は、もうさっき見た場所にはいない。

ドアを開けると、大広間。はるかに距離をおいた向こうで、少女が手鏡を持って髪を梳っている。無垢にして勝気な表情と開いた足。バルチュスの絵画が三次元化された大胆な空間構成。

踊り階段には、ご近所の歓楽街ソーホーから集まった娼婦や男娼、ポン引きといった怪しげな人々が立ち、各々の生業を展開

凍りつくような寒さの中(なんせプールですから。役者やっていた友人は、ずっと冷えた床で平泳ぎしてました)、何十人というキャスト・スタッフを駆使して、ある建造物の過去を現在に蘇らせる、ジェラルディン・ピルグリム主宰のコリドーの今後が楽しみ。

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ストーク・ニューイントンにあるパブ、ライオン。看板には、「オータナティヴ・エンターテイメント」。 それがランチタイムのプチストリップショーでもあることを知ったのは、トム・ハンターの写真展、「リヴィング・イン・ヘル」を見てから。

年末年始総決算その二 リアリティ

電話でスレイマンと簡単に話す。彼は今日、ロンドンでオーディションを行っている。
 サラ・ケイン作「クレンズド」をロンドン北部のアルコラ劇場でみる。劇場まで乗っていたバスが、ある女性の車にぶつかり、運転手との口論が止まず、歩くことにする。アルコラの一帯は、中東の音楽と肉の匂いが漂う、時に非常に暴力的な、独特な空気が漂っている。
 芝居は、役者のほぼ全員が全裸になったり、チョコレート一箱食らったり、例の「ゴキブリ」シーンでは(ラボから買ってきた?)ピクピク動く生ゴキブリを摘みあげたりと、役者の限界に挑戦するかのようなリアルさを押し出していた。だが、劇場でそうしたリアリティが、必ずしも吉には転じる訳ではない。

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A.タルコフスキーの『鏡』を、DVDで久しぶりに見る。ノスタルジックにして、リアルな母の姿。高校生の頃、タルコフスキーに入れ込んでいたことを思い出す。夫はこの映画を元にしたプロジェクトをやっていて、舞台セットに使う落ち葉拾いに精を出している。ので私も手伝うために秋の公園へ。プラタナスの黄色が美しい。

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 夜、徒歩でダンスシアター、プレイスへ。イスラエル出身のヤスミン・ゴデールが振り付けする『ストロベリークリームと火薬』を見る。きな臭い裸舞台に、木目調のフロアマットが引かれ、中央に人口芝のような緑が点在、後方にはスプリンクラー、下手にはチェックポイントの交通遮断機が置かれている。そこにダンサー男三人、女四人、下手後方にミュージシャン二人が入ってくる。

 Tシャツ、ランニング、コットンパンツと色とりどりのカジュアルな夏の格好をした男女が立ち並ぶ。照明は一貫して変わることなく、眩しく乾いた残酷なまでに豊穣な土地を喚起させる。やがて無作為な正確さともいえるタイミングで、左右から女二人が兵隊のような動きで前に歩み出し、交錯し、互いに持たれ合う。二人とも、カーキ色の服を身につけている。独りは白黒のランニングとカーキの短パン。もう一人はピンクのシャツとカーキのミニスカートの下に、ピンクというよりイチゴ色の下着。直感で、彼女がヤスミンだと分かる。前者が後者の顔を掴み、拳銃のような形をした指を口の中に突っ込む。抑圧する者とされる者という両者の関係が静止画像のように提示される。エレキギターからノイズが爪弾かれる最中、抑圧者と被抑圧者、力を行使する者と拒絶する者、見る者と見られる者といった権力関係は、悪ふざけとも悪意のある演劇/ダンスワークショップとも呼べるような反復運動の中で、複雑かつ過剰に入り乱れていく。

 女が腕を組んで辺りを凝視する。女が顔を風船のように膨らませ、爆発させる。男が男の体を愛撫/蹂躙する。男が女の体を愛撫/蹂躙する。女が男の身体/死体を護り嘆く。女が手を天使のように腕ばたつかせながら、鼻歌を歌いながら至福の表情を浮かべ、色とりどりの下着をちらつかせて後退する。見る者の神経と集中力を麻痺させるかの反復運動の中に挿入される凍結した瞬間は、イスラエル人のガザ地区撤退や、パレスティナ人自爆テロ後の模様を映した、日々何回も放映されてきたニュース番組の静止画像のようにも見える。遮断機がオートマティックに上下する傍らで繰り広げられる病的なまでに卑猥な抗争、血に塗れた必死のポルノグラフィー、暴力の持つ悲劇性と神性のパロディとも描写可能な身体表現の再生産によって、空間は次第に体臭に満ちた生生しいもの、メディア画像の平面を意識させ、さらには突き破るリアルなものとなっていく。

 圧巻は最終場面。観客の拍手を異化し、暴力を単に芸術に昇華させて終わることを拒絶する手法によって、この作品はイスラエル/パレスティナの持つ複雑な問題を、壁の内の閉塞的なイスラエル内部から批判する回路を見出し得ている。




年末年始総決算その一 あれこれ

謹賀新年なのだから、新年のことをしたためるのが筋なのでしょうが、ブログやってといわれた秋口からかなり時間がたってしまった罪滅ぼしもあって、年末年 始総決算風?に、あるいは夏休み終了目前ダッシュ日記風に、以下駆け足で振り返ります。 日付などが乱れがちであることはお許しを。

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国際演劇協会の招聘事業で来日しているジャティンダー・ヴァルマ氏のアテンドをすることになっているため、今後の予定の打ち合わせも兼ねて、『ヴェニスの 商人』のテキストを使ったワークショップが行われている人形町スタジオへ。参加者は5人と少ないものの皆熱心。インディアン・ハーフカーテンが、シャイ ロックを縛る視線に、家の門に、ジェシカのドレスにと次々と形を変えていく。

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横浜のバンク・アートにてポストシア ターの「スキン・サイト」と「6フィート・ディーパー」を見る。先に行われたポストシアターのシンポジウムをお手伝い させていただいたこともあって、ビデオを先に見た後に生のパフォーマンスを見る体験となった。映像を多様したポストシアターのコンセプトは、ウェッブサイ ト http://www.posttheater.com/に詳しいが、通常の劇場での演劇行為なるものを一度脱却して、異なる視点と手法から組み直す 姿勢が刺激的。ただ、私が感じた刺激度が、生のパフォーマンスより先に見たビデオ作品を見たときの方が強かったのは、ビデオポストシアター初体験であった からか、それとも生のパフォーマンスより編集を加えたヴィデオプレゼンテーションの方が作品に適っていたのか、その両方の理由の故なのか、考えさせられ た。

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蕨駅の東口を降りて、「鉄線」というスタディオを探す。あれこれ聞きまわって、ようやく見つかる。昭和40年 代に建てられた会社寮を、ギャラリーやパフォーマンスを可能とする空間に改築した、懐かしい時と匂いが漂う貴重な空間。ここで明日が本番のポストシアターの「ライト」のドレスリハを、「鉄線」 オーナーの田村さんと体験する。詳細はネタバレになってしまうので省くとして、自分で翻訳した作品を客・参加者としてこうした形で聞くと、内容はもう知っ ているつもり=予想通りの反面、体験として予想を裏切られるという対極の感覚に次々と襲われ、ゾクゾク。内容を知らないで参加した田村さんとの感想の差異 を知って、またゾクゾク。ポストシアターの洋子さんとマックス君、今後も是非様々な都市でこのゾクゾク体験を展開していって欲しい。

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秋の晴れた日。タラアーツの演出家ジャティンダー・ヴァルマ氏とデザイナーのクラウディア・メイヤー氏を連れて、現代アジア演劇研究会が行われる東大駒場 キャンパスへ。ジャティンダーのレクチャーは、『ヴェニスの商人』の創作プロセスに光を当てたもの。ヴェニスのユダヤ人問題を、現代/インドとつなげてい く視点などが興味深い。

その後、アゴラでチェルフィッチュ「目的地」を独りで見る。本当はジャティンダとクラウディアをお連れするはずが、直前キャンセル。関係者の方、混雑していてきちんとお礼と感想が述べられず、ごめんなさい。 芝居は妻の妊娠を巡る話を軸に、あれこれ話者と話題が入り乱れるスタイル。 正直、前に見た作品より言葉の感染力とループ感が落ちていると感じた。演出の岡田さんとシンガポールの演出家の間の通訳をしたことがあるのだが、そのときに話題に上がっていた「この時代に子供を生むことの意味について」なども重要台詞として入り込んでいたためか、舞台上作者の分身だらけという印象が強すぎて、やや息苦しかった。

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昼から東中野のシェイクスピア・シアターの出口典雄さんとお会いし、資料返却とお話を簡単に伺ってから、西巣鴨へ向かう。来年の東京国際芸術祭で上演され る、スレイマン・アルバッサームの新作『カリラ・ワ・ディムナ』についてミーティング。次に本郷に向かい、調べ物をしたのちに、カンバスにて『西への旅』 を中心にした、J.ヴェルマ氏講演を聞く。インド人のコミュニティが、インドを経て、英国に辿り着くまでの移民の歴史、文化・社会的変容についてが、インタビューを基に作った芝居を通して語られる。

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新国立で『カルミ・ナ・ブラーナ』を見るが、今ひとつ。最初と最後だ け除いて、演出意図も演奏もちょっぴりズレテているような。友人と会ったのち、急ぎ上野に向かう。ク・ナウカ版『オセロ』を見る。これについては別の機会に記すので省くとして、その後イタリアンレストランにて、宮城さんとヴァルマ氏とメイヤー氏と会食。長年劇団を続けていくと必然的にぶつかる問題であろう、役者のエイジングなどなど、興味深い話題は尽きず。




2006年元日 ブログ始め 

ブログを始めるには、ある程度の勇気ときっかけと体力と図々しさが必要だ。

発信ツールや宣伝媒体として利用するにせよ、備忘録に使うにせよ、独り言つにせよ、公開日記めいたものであることは否めないので、そんなどうしようもなくプライベートなものを、途方もなくパブリックに公開しようとする思惑と行為には、正直今でも抵抗がある。

その反面、かつては肝入りの日記フェチであったこと----少なくとも80年代前半の関東圏の小学生の流行だったと記憶しているが、同じクラスで毎日顔を会わせている親友女児と嬉し恥し交換日記を、私もご多分にもれず行っていた事実。先生に提出する学校の宿題としての日記に加え、秘 密のプライベート・ダイアリーを付け、「一日も欠かさず死ぬまで日記を書いて、世界で一番長く日記をつけた人としてギネスブック入りしよ う!」という意気込みが脅迫観念となって、3日分ほど未来の記録もつけていた事実----を思い出し、徒然なる日々を記録して公開する意味と可能性も、他 の人々の ブログを読みつつ感じ入り、演劇制作に関っている友人からブログやってときっかけを与えられたこともあって、今日元旦はブログ始めの日。
 

喪中ということもあってか年賀状も書かず、御節も食べず、正月らしい正月ではないのだが、昨夜シャンペンで家族や友人たちとカウントダウンはした。で、元日 早々、ロンドン北部のストークニューイントンのうらぶれた墓地を散策。イングランドの冬特有の淡い光とやや冷たい風の中、あの世とこの世を繋ぐ泥濘に埋 まった18世紀の古い墓から、1960年代の比較的新しい墓に記された文言をつらつらと読み歩いていると、死者と対話している心持ちになる。  ハックニーの一部であるストークニューイントンは、私が興味を寄せている写真家トム・ハンターの庭でもある。彼は、ヴェルメールなど17世紀オランダの巨 匠たちの絵画を、『ハックニー・ガゼット』などのローカル新聞のネタと絡めて現代的に解釈した写真を撮り続けている。彼に言わせると、この辺り一帯は、移 民たちが新生活の基盤を作り、家族を呼び寄せ、一稼ぎする場所。という訳で、歴史的に様々な人種が寄り集まる場所となっている。立ち並ぶ小さな店たちを見 ても、多様な文化の入り混じりを実感。最近、ユダヤ系とムスリム系の殺傷事件が一件起きている。 

ユダヤ人街へ歩を進める。夫の弟がお世話になっているクレアのお家を訪問。クレアは、元々はウクライナからやってきたユダヤ系ブリティッシュの母とドイツ 人の父を持つが、両親ともドイツにいる。お部屋を案内してもらいながら、ここが叔母の元夫で今は友人の部屋、従兄妹の部屋、、、と本来血の繋がりのそう強 くない六人が家族として一緒に暮らしている風景に興味を抱く。